わたしがぬか侍となったのは、あるとき排便がお粗末きわまりないものとなったからである。

虫の息のようにかすかな便意に望みをかけ、厠(便所)に駆けこむ。だが奴らは一向、姿を現わさぬ。ようやく「現われたか」と胸をなでおろしても、便器の底にあるのはまるで焼き肉用の豆炭のようである。そのたび、幼少期に死別した紋太郎(兎)を思いだす。あの頃は毎朝、紋太郎と脳内で再会していた。

糞詰まりはいけない。腹が重い。便は悪臭ふんぷん。肌がくすむ。汚くなる。

そんな時思いだしたのが、死んだ爺ちゃんの言葉だった。ぬか漬けより沢庵を好む少年であったわたしに、死んだ爺ちゃんがよくこう言ったもンである。「ほれ。婆ちゃんやわしの肌を見てみい。若いおなごの肌みたいじゃろが。婆ちゃんのぬか漬けを毎日食べとるからだ」

その頃のわたしはそれを聞き流していたが、いま思えば婆ちゃんも爺ちゃんも、年の割りにずいぶんときれいな肌をしていた。しみ、しわが少なく、肌理が細やかだった。そしてあれから数十年が経ち、紋太郎から爺ちゃん、婆ちゃんという連想を経て、爺ちゃんの言葉はわたしの胸に突き刺さったのだった。

ぬか床を育て、ぬか漬けを毎日食すようになってからというもの、厠で脂汗を流すことはなくなった。荒れてくすんだ肌が元通りになった。

が、遊山や稼業などで家を空けることがある。これはいけない。排泄がにわかに滞る。そんなときにぬか漬けのピンチヒッターを務めてくれるものがある。乳酸菌サプリメントだ。カマキリの卵より小さなカプセルに、ぬか漬け以上の菌が詰めこまれているという。

その数、ざっと1日分1000万個。中にいるのは、ビフィズス菌やラブレ菌、ガセリ菌などで、とりわけビフィズス菌は人間の腸にいる連中だから、ぬか漬け以上にわたしたちと相性がよいそうだ。

いまでも時折、厠で紋太郎が顔を見せることがある。前の晩、仲間と豆炭を囲み、焼き肉を大量に食した日などである。肉は悪玉菌を増やしてしまう。でもこの乳酸菌サプリメントがあれば心配は無用。一撃必殺なンである。ぬか漬けは冷酒のようにじわりと効いてくる。こっちはどぶろくのようにガツンと効く。

おかげで旅先でも肉食の翌朝でも、わたしは平らかに過ごせている。愛犬のサクラも吠えなくなった。なくしたリモコンも見つかった。感謝である。

やや高いのが難点である。このサプリ2か月分で、板東ウナギの上が食べられる。妻に贈る誕生日の花束だって、それくらい出せば跳びあがって喜んでくれる。